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「空虚」から「虚空」へ

当院では、次のような質問を受けることがあります。

「‘有るようで無い、無いようで有る世界’とは、いったいどのような世界感なのですか?」  という禅問答のような質問があります。   また、「この‘虚しさ’は、どこからくるのでしょう?」という質問もあります。

皆さんでしたら、どのように答えるでしょう?

その前に、「空虚」と「虚空」の違いについて考えてみましょう。

辞書を引くと、「空虚」とは、物事の内容や心の内部がからっぽで、むなしいこと。                       「虚空」とは、仏典では、一切を包容してその存在を妨げないことが特性とされる。と記されています。

私は理解をしやすくするために、例え話から入ることがあります。 その一例として、ここに透明な空瓶が2本あるとします。その1本の瓶には口元擦れ擦れいっぱいに水を入れます。片方の瓶には、水を入れずに空にしておきます。この2本の瓶を少し離れた所から見たとき、水が入っている方の瓶は、さてどちらでしょう?という問いかけをします。皆さんでしたら、どのように回答するでしょうか。

水は無色透明ですから、どちらに入っているかは分かりませんが1本の瓶の中は水で満たされています。ここで、2本の瓶を人間に見立てます。

まず、瓶の中の水の分子を人間の精神性と考えてください。しかし外見だけでは、その人の精神性は見抜けないことがあります。全身が瓶の中の水のように満たされていれば、日常生活は日々充実して不平不満がなく、精神面(心)は常に満たされているでしょう。

これは「虚空」、つまり『虚しさが空 (から)の状態〈無〉= 理解されたもので満たされてる〈有〉』ことを示唆しています。

しかし、一方の空の瓶の中には何も入っていませんから、いつも精神面(心)は満たされずに不安定で、虚しい、「空虚」な状態といえます。 憑依されやすい人は、この状態です。 さて、皆さんの精神状態は、どちらでしょうか。

では、虚しい、「空虚」の状態を満たすには、どうすればいいのでしょう?

この空の瓶を水(精神性)で満たすには、自分の周りで起こっている問題事(親子、夫婦、友人などの人間関係が多い)から逃げないでしっかり向き合うことです。そして、それを自分の力で一つ一つ解決(解消)して積み重ねていくしかありません。今生では地道な作業になりますが、これが一番手っ取り早い解決方法です。(今生では自身が気付くように、過去生で未解決な部分が露呈するようになっています。この仕組みに早く気付き、解決のチャンスを生かすことです。)

ここで、もう一つ大事なことがあります。瓶の中には、ご自身が気付き理解できたもので満たされていきますが、いつの間にか自分の心が乱されて曇り、水の透明感がなくなることがあります。生涯を通して清廉潔白を貫くことは並大抵ではありませんが、できるだけ自分の心の透明感を保てるようにしたいものです。そうなるには、自分の本心に従い偽らない(本心を裏切らない)で素直に生きる、これに尽きるのです。 本心で生きている人に対して、他人から否定されることは少ないと思います。本心は、その人の色だからです。本心からではなく、「自我」を通そうとすると、周囲から怒りを買うことがあります。 本心に従った生き方をしていれば、必ず皆さんが待ち望んでいる「真我」との再会になるでしょう。

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