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足るを知る

「足るを知る」という言葉があります。この語源は、中国の思想家の老子の「知足者富」からきた言葉で、「足るを知る者は富む」という意味だそうです。「富む」といってもお金持ちになるという意味ではなく、幸せになれるという方が近く、無いもの・不足しているものに注目するのではなく、足りているもの・すでにあるものに注目すると幸せになれると老子は説いています。この世の中、これが薄らいでいるように感じます。

人間は、お金や物に不自由しなければ、ある程度は心を満たすことができます。しかし、人間というものはそれに満足できず、更にいろんな手段を講じて自分の心(精神性)を満たそうとします。これは、人間に持たされた「性」なのでしょう。そして人間の欲望が「もっと、もっと」となれば、どこかで歪みが生じて人間に気付かせる現象が起こることになります。それが天変地異や異常気象、格差社会、そして今回の新型コロナウイルスなのかもしれません。

人間は「欲」を求めてはいけないのではなく、一度は「欲」というものを持たされるようになっています。中途半端な欲望ではなく、徹底して欲望を極めることで人間性が培われていきます。そこで気付くのは、「お金や物をため込むのではなく」、お金や物を通して、そこから精神性を極めていくことの大切さを知り、最終的には「欲に溺れてはいけない」・「持ち切れないほどの欲(物)はいらない」ということを悟るようになります。

人間が次の世に持っていけるもの、それはお金などの物ではなく、お金や物、病気、人間関係などを通して気付き理解したものです。殆どの人は、気付くことまではできます。しかし、それを実行に移し理解までには至っていません。実行に移して初めて理解というものが生まれます。それを、私は「理解力」と呼んでいます。これは永遠に携えていける「力」です。そして、いざという時に自分を助けてくれる原動力となります。また、この永遠の力は、自分の履歴として残ります。即ち、魂の年輪ともいえるでしょう。

コロナ禍で大国の言動を見る限り、この域には程遠く感じます。

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